新・陰翳礼賛/石井幹子 − 部屋のあかりをほの暗くしよう
非常に面白くて、普段は風呂の読書は勉強の本にしているのだけど、2日で読み切ってしまった。
これはいい本。そのあかりに対する情熱に感動した。
昔は明るい方がいいな、と思っていたけれど、明るい必要があるのは事務部屋や、作業をする台所だけで、リビングはほの暗い、薄明るいぐらいでちょうど良いのではないだろうか?
実家にいた頃、間接照明を使ったほの明るい、ほの暗いインテリアにしていたのだけど、私はギンギラギンの昼光色の工場みたいな照明が好きだった。昼光色の照明が好きなのは、今もそんなに変わらないけれど、最近はずいぶんと趣味が変わって、昼光色の照明なのは事務部屋だけになっている。
ただ、心地よい明るさ、ほの暗さっていうのは案外難しくて、どうにも居心地の良いリビングの照明にはできていない。そういう調整の難しさはあるけれど、リビングまでギンギラギンに明るくする必要はないというのは同感だ。
この本を読んでいて思い出したのは、10年以上前に、間接照明と、ほの暗さ、ほの明るさ、蛍光灯を使わない、電球色の照明のコーディネイトをしていたのは、かなり先進的だったのではないだろうか。今ならその良さがわかる。ただ、やっぱり事務部屋は明るい方がいいと思っていたし、それは間違っていなかったみたい。
引越を機に、照明を変えようという話をしていたときだったので、ちょうど良いタイミングでこの本を読んだ。
リビングは食事をするのが主だし、本を読むことはあるけれど、スタンドのライトの位置の調整でなんとかなりそう。リビングのシーリングライトはペンダントの北欧風なエロい照明に変えて、スタンドの照明で壁を照らすようにしよう。
今回の部屋は、日当たりが悪いというか採光面がほぼ真北なので、照明を使って楽しもう。うす暗ければ、部屋が汚いのも気にならなくなるかもしれないし。
そういえば、最近は、和室の障子を通した光なんて、あびる機会がないけれど、子どもの頃は確かに障子越しのひかりを浴びていたし、和室の薄暗い感じが苦手だったことを思い出した。うす暗いのが苦手、というのは、そういう経験によるものなのかもしれない。
横浜の話がいくつか出てきたので、そういう身近な話があったのも面白く感じた原因かな。
ベイブリッジも手がけていたのを知らなかった。
付箋したところメモ
フランスの知識人で日本文化に関心のある人は、ほとんどと言って良いくらい「陰翳礼賛」を読んでいる。
そんなに読まれているなんて目鱗だ。そもそも、あの厠の薄暗さが云々とか、雨の日の厠がとかそういう機微がフランス語で訳せているのだろうか?
形と色の表現を一生懸命学んできた。それらをすべて支配していたのは、じつは光だったのである。
確かに。光がなければ形も色も見えないというか知覚できないよね。
嗚呼光。
人間は、朝は高い照度を、そして昼を境にだんだんと照度を下げていくことを好む
これは実践してみようと思うけど、この部屋は日光が入らないのでどうしたものか。
朝は散歩にでも行く習慣を作ろうか。日光に当たらないと鬱病になる確率が上がる報告があるような気もするので、日光に当たるのは意識してやったほうがいいかも。
台所だけ白々とした不気味な光色
台所はなんか寒々しい蛍光灯のイメージが強い。
実際に今の台所も寒々しい。電球色に変えよう。
スタンドを変えて、置く場所を工夫するだけで、居間は驚くほど変わって見える。
シーリングをどかーんとつけるのではなくて、スタンドをいくつか使って場所を変えたりすると安くすむし、手軽で楽しいよ、という話。実践しよう。
照明器具の光の軸とテーブルの中心がズレて
飲食店でこういう経験が良くあるな。こないだ行ったピッツェリアも、ダウンライトがイスの真上からあたっていてまぶしかったし、相手から見たら結構怖い照明のあたり方になっていたのではないだろうか。
宮城県立こども病院
病院の照明は酷いよね。
写真が見たいけどあんまりないなぁ。。