小学校での英語教育はぜひともやるべきなのかもしれない
IT & 経営 :テクノロジー :日本経済新聞
を読んでいて、はっとした。
最近はインターネットなどで「知識の高速道路」が整備され、どんな分野であれ一気に高いレベルに行けるといわれていますが、この分野では英語の壁は高いんです。大人であれば英語が読めるからよいのですが、低年齢でITの分野を学ぼうと思っても、英語ができないと途中までしか行けないのです。
id:umedamochioさんが言うように、確かにインターネットが普及して知識の高速道路が整備されているのだけど、それが英語圏に限って整備されつつあって、日本語を母語としていることそれ自体がハンディになっているのではないだろうか。
仕事における実感
実際、ぼくは仕事をしていて英語が母語でない、英語があんまりできないことでのハンディ、と言うのを感じることがよくある。
それは書籍一つとってもそうだし、人材の厚さを考えてもそう。そもそも日本語では先端の分野だと書籍自体がない。翻訳するような能力を持っている人は、そもそも英語で不便はないから、翻訳されない。需要もないしね。
英語が読めないと、そもそも仕事に必要な情報を得ることができない。なので、英語ができないことは仕事ができないのと同じことになっちゃう。
初等教育での英語はやってみるべき
ぼくは今まで、正直なところ英語で学習の高速道路が整備されていることによるハンディが影響するのは、大人に関してしか意識できていなかったのだけど、大人になってからでは遅くて、小学生から英語の文章を読みこなすための能力を鍛えておかないと、今後の20年で日本が競争力を失う原因となりかねない。
どちらかというと、小学生から英語を教えることに対してその効果に懐疑的で別にあとでもいいんじゃん?と思っていたのだけど、考えを改めた。是非とも一刻も早く初等教育から英語の教育はやるべきだと思う。というかもうやっているのかな。
ただ、大人を見ても英語が読める人って日本だとかなり稀少で、現行の英語教育制度には不備があることの証明だと思う。それをそのまま小学生から英語教育を始めたからといって、英語が使えるようにならない可能性が高いのだから、ちゃんと考えないといけないけど。
日本では日本語が使えないと仕事ができないことが、非関税障壁になっているうちはそれでよかったのかもしれないのだけど、今後その非関税障壁がジョブセキュリティとして働かなくなるのが怖い。